2007.07.19
番外編・新潟県中越沖地震-1-....
中越沖地震でも倒れなかった首振りiMac

番外編・新潟県中越沖地震-2-→


7月16日に発生した新潟県中越沖地震、ぼくは職場で遭遇したんですけど、「本当にこれで終わりかも知れない」、っていう恐怖心が一瞬頭を過ぎりました。
大きな揺れが治まった後、どうやって仕事場の外まで逃げたのか、その記憶がないくらい焦っていました。
そんな状況下でも荷物を配達に来てくれたクロネコヤマトのドライバーさんから、ラジオで津波に注意するように言っている、ということを聞き、ぼくの自宅が柏崎市の海岸に近いので、急いで帰宅させてもらいました。

自宅に帰る途中、隆起した歩道や倒壊した塀などの風景が目に入って来ましたが、ところどころの信号は生きていましたので、中越地震の時よりも被害が少ないかも知れない、と、自分に言い聞かせながらクルマを走らせました。
自宅前では高校生の長男が友だち数人と集まっていて、いつもと変わらない情景に、なんだかホッとしましたね。
父親と母親も無事で、仕事先にいる女房からはすでに安全である旨の連絡がありました。
中学生の次男は、部活動の練習で学校に行っていたのですが、しばらくしてから迎えに来て欲しいとの連絡が入り、無事が確認できて安心しました。





これがぼくの部屋の状態。
首振りiMacはさすがに安定していて、ほんの数センチ動いただけでした。
並びにある寝室ではタンスが倒れていましたので、もしも震災が夜だったら、確実に大けがを負っていたことでしょう。





台所はこんな状態で、とにかく家のすべてが悲惨でした。

近所の大きなお寺は、





全壊しています。
重い瓦を少ない柱で支えているお寺は、至る所で被害にあっており、我が家の菩提寺の本堂も全壊してしまいました。

取りあえずその日は、家族で避難所である柏崎小学校で夜を明かすことにしました。
自宅で過ごそうと思えばできないこともなかったのですが、室内が散らかっており寝る場所が確保できません。





避難所にはすでにたくさんの被災者が、不安と安堵の入り交じった表情で、うなだれていました。

しばらくすると鳩山幹事長を初めとする民主党の(地元選出の)国会議員の方々や、泉田県知事、会田市長などが次々と避難所を訪れ、ついには安倍首相の登場です。








首相はぼくの家族のブース(という言い方はおかしいかも知れませんね)にも顔を出していただき、自民党を支持している父親は感激しておりました。
ぼくもひとことふたこと言葉を交わすことができ、自民党支持者ではなくても励まされました。



報道でご存じのとおり、柏崎市内ではいたるところで家屋が全壊しています。
自宅の側に建てられていた車庫も、全壊しました。





翌日(17日)のお昼前、全壊した車庫の瓦礫を災害救助犬が調査し、





人の気配に反応したようです。
災害発生時、この辺りを散歩していたお年寄りが行方不明になっているということで、生き埋めになっている可能性があり、救助活動が始まりました。





作業が進むうちに、報道のカメラが十数台集まり、





付近は騒然としました。

なんとか無事であって欲しい…………、そんな願いで作業を見守る人たち。

でも結局、災害救助犬の「勘違い」で、お年寄りは発見されませんでした。


さて、我が家の隣りの二軒の家が、寄り添うように半壊しています。
向かって右側のお宅にぼくの家が隣接しているのですが、もしも逆方向に傾いていたら………、そう考えると、とても怖いです。




市内の道路や歩道はいたるところで陥没しています。





水とガスの供給が止まっており、水洗トイレの使用がままならない中、町内会長であるぼくの父親が中心になって、近所にある壊れた井戸を修理していました。





かなりの時間四苦八苦していましたが、なんとか修理は成功し、少し濁ってはいるもののたくさんの冷たい水が汲み上げられています。
町内の人はもちろん、町外の方々も洗濯や汚水処理に利用しており、不自由な生活の中にも小さな喜びを感じています。
普段は何気なく使っているもののバランスが、こんな形で崩れてしまった今、近所の人たちとのわずかな助け合いが、気持ちを豊かにするんだなぁ〜って、いい年をして実感しております。

電気は比較的早く復旧しましたが、水道は来週になりそうですし、ガスの復旧は全然見通しが立っていません。
災害と真剣に向き合う生活は、まだ始まったばかりです。




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